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漢詩に関心のある人
1  名無しさん   2004/10/04(Mon) 01:54
漢詩について語りませんか?
鑑賞、解釈、作詩法なんでもいいです。
2  名無しさん   2004/10/04(Mon) 01:56
祝結婚 塩谷節山
才郎今日配佳人
華燭典成慶福新
一曲高砂琴瑟和
鶴歌亀舞萬年春

いいなあ。特に結句。
3  二可   2004/10/04(Mon) 02:37
こんばんは、節山先生のこの境地には、
なかなか至れるものではありません。

しかし、カメの舞っていったいどんな・・・・

4  二可   2004/10/04(Mon) 02:47
をを!!
http://www.shirakami.or.jp/~kikusui/
http://www.shirakami.or.jp/~kikusui/mini/kakaku.htm
http://www.sake-db.com/tiiki/akita/akikusui/akikusui-shen.htm
5  二可   2004/10/04(Mon) 02:48
>雲に乗って飛んでいくような

こりゃガメラか。
6  名無しさん   2004/10/05(Tue) 01:55
>>2
会ったこともない上司とか、代議士の妻のスピーチみたいですね。
7  二可   2004/10/05(Tue) 23:25
マツグチゲツジョーとおっしゃる
詩吟をやれば誰でも知ってる方のスゴイのもあるんですよ。

賀結婚
作婦爲夫惟宿縁。
同心一體不乖天。
人生行路豈容易。
永久勿違貞與賢。

検索したの貼ったんですが、文字違うところがあるかもしれません。
“宿縁”とか“豈ニ”とか、“豈ニ偶然ナランヤ”とか
ニホンジンダイスキデスネ

8  二可   2004/10/05(Tue) 23:55
御大の詩集が出てきたので、読んでみました。

倫敦

大英文化古來尊。 大英の文化、古来尊し
無敵海軍偉業存。 無敵海軍、偉業存す
華表柱頭千載後。 華表柱頭、千載の後
威名長仰涅兒孫。 威名長へに仰ぐ、涅兒孫(ネルソン)

だいたいがこんな調子で・・・・ただ、すごいのは御大自らが
書き下し略解をつけ、読者のために意を尽くしておられる
ことです。
9  二可   2004/10/06(Wed) 00:06
鵞鑾鼻 ガランビ
來到臺灣南盡頭。振衣巖上放吟眸。
奮飛鵬翼向何處。豪氣欲呑全地球。

ガランビは台湾島の最南端に在るとのこと

この作の解説で御大
「因みに、山陽の「天水ニ連ナル處是レ臺灣」三島中洲の
 「極目何レノ邊カ是レ米洲」共に名句と稱せられて居るが
 實際何も見えないのであるから無理ではあるまいか」

意気軒昂でいらっしゃる!!
10  名無しさん   2004/10/06(Wed) 17:15
ガランビいいですね。カイジュウ(怪獣?・晦渋?)ですな。
>>7は人生行路がきゅんときちゃいました。承句の意味がイマイチわからないの
ですが・・・。
11  名無しさん   2004/10/06(Wed) 17:19
和歌でも賀の歌なんかはつまらないのが多いのですが、二大家のはそういう理由
じゃなさそうですね。
12  二可   2004/10/06(Wed) 22:02
御大の『大楠公』

將軍心術最純忠。
今古英雄誰敢同。
枝折幹枯根不死。
七生報國大楠公。   うー・・・・

同じ題で最も有名なのは下記でしょうか、

大楠公 梁川星巖

豹死留皮豈偶然。
湊川遺跡水連天。
人生有限名無盡。
楠氏精忠萬古傳。   御大負けてないぞ!!!
13  二可   2004/10/06(Wed) 22:15
>>9
そうい、いえば実はこの荘子のフレーズを使ったことがあるのでした・・・・
(たいへん非常に恥ずかしい二十代の原稿が見つかった)
ちょいと引っ張ってみる。

送○●○○留學之美國
一線孤雲盡紫穹。機場但見舞衣風。
壯遊何限奮鵬翼。花影嬋娟映席中。

むちゃキレイなコだったので僕はいっしょうけんめいでしたな・・・



14  二可   2004/10/06(Wed) 22:29
>>10
同心合体とくりゃ三●堂の新明解でまさに明解明快でしょうか?
映画、釣り場か日誌では暗転前に合体しますよね。

マツグチゲツジョーってこんなばっか作ってたのね。
詩集ってあるんかしらん?経歴調べてみよかな。
http://www.bcap.co.jp/hooryu/haha.html

この詩は、以前“思何窮”って句がその時平仄に合わず、“思欲窮”
って用例あるのかしらん?って思って検索したとき出てきました。
“思欲窮”、中国側のサイトでは出なかったんですが、
・・・時間もないししゃーないので僕使いました。

15  名無しさん   2004/10/07(Thu) 02:07
>>12
今度は七生報國大楠公ですか・・・。
これってもちろん平仄あってるんですよね。
こんなにうまくいくもんなんですか?へんな質問ですが・・・。
16  二可   2004/10/07(Thu) 22:01
>七生報國大楠公
●○●●●○○

將軍心術最純忠。●○○●●○◎
今古英雄誰敢同。○●○○○●◎
枝折幹枯根不死。○●●○○●●
七生報國大楠公。●○●●●○◎ 大丈夫そうですね。

だいたい、漢詩なんてのは、言葉拾えりゃなんとなく出来るもの
なので、日本外史とか漢文の本が手元にあればやってみるのも
これ一興。

で、四字成句なんか、もともと平仄があってるのが多く、七生報国
なんかその類ちゃいますか???
17  二可   2004/10/07(Thu) 22:22
最近といっても、平成14年5月に出版された
『漢詩入門』初級編 誰にでも作れる四字・三字集
楠田宝文・撰著
著者のあとがきに
(前略)〜しかし、初心者にとって『誰にでもできる漢詩の作り方』は、
二字、二字、三字に分解して記載されており、二字と二字の組み合わせ
が結構難関で苦闘している例が多かったので、〜(中略)〜四字句三字
句集を作成して提供し、〜(後略)

というわけで、この本を買えば、八箇所から文字を拾うだけで、
七言絶句ができちゃう!!らしいです。この著者はあとがきの
後の方で

 日本中で現在漢詩創作家は一万人と言われており、それ以上に
なかなかなりにくいと聞いております。

奈良〜平安〜、また江戸時代で漢詩が作れた人の人口や、日本漢詩
の花開いた明治時代の漢詩創作家の数を分析してみるとおもろいかも
しれませんね。もしかしたら、現代って意外に多くなってるんじゃ??
ないでしょうか。

・・・っていっても一県210人余りか・・・・やっぱ少ないか
18  名無しさん   2004/10/12(Tue) 20:06
おばさんは60歳過ぎると、なぜ詩吟を習い始めるのか。
19  二可   2004/10/12(Tue) 22:51
淀屋橋〜府立図書館のあたり歩いてると、川のほうからいきなりおばちゃん

<font size=5 color=red>こおあんんん!!あっめをつきてえええ!!!</font>

<font size=5 color=blue>お</font><font size=4 color=blue>お</font>ったああ!!
ああ、びっくらこいたあ。

あそこって、冬炊き出ししてくれるんで、スレムーホしてるときって
並べるんだよなあ・・・傘はさすがにかしてくれないかも。
20  二可   2004/10/12(Tue) 22:54
↑やってみたけど、タグはだめでしたね(笑)すみません。
21  二可   2004/10/13(Wed) 01:02
タグ〜このタコ(ゴ)オ!〜多胡で思い出したんですけど、
副島蒼海の名作

贈奥州佐藤平次郎
金華松島奥東頭。    金華 松島 奥の東頭
自古風雲向北愁。    古より風雲 北に向ひて愁ふ
日本中央碑字在。    日本の中央 碑字在り
祇今靺鞨入何州。    祇今 靺鞨 何れの州にか入る

この一句目と二句目って照応あるのだろうか???
なんかギクシャクしてませんか??
一句目は名勝松島金華山、おおあっぱれあっぱれ。東のはしっこ。
転句目には突如風雲穏やかならざる樣を持ち出し。で目は北へ向く!
ああ忙しい。松島金華って古戦場だっけ??
でさらには突如、転句で中央だあああ!!
そしてついに末句では三千里の向こうの靺鞨国。この国の場所
(諸説あるらしい)によっては方向がむちゃくちゃじゃないの。

いったいこの“日本中央”ってこの明治時代の日本の版図から述べてい
るんでしょうか??それとも昔時、多賀城に立碑の頃の範囲???
“いまや碑文中の靺鞨国は何州に属しているのだろうか”

千島列島までが当時の日本領(1955)。台湾統治は1995年、
樺太領有は副島が亡くなる1905年、朝鮮併合は1910年です。

とすれば、沖縄〜千島であれば“日本の中央”ってのはOKなんでしょ
うねえ。でも、簡野道明氏は“昔時我が国の勢力範囲の中央たる多賀城
碑の今に存するありて”と解説されている・・・
多賀城の碑は、北海道がなかった時代の碑ではなかったかしらん???

恐らく僕の鑑賞力が足りないのだと思いますが、この詩を読むたび、
なんか妙に解せぬ思いにとらわれ続けたので、ここに告白してカキコ
いたしました。一句目から結句まで、すっと通った解釈はいろんな解説
書を読めばわかるかもしれませんが、よけらばどなたか教えてください!!

ちなみに上の詩の本文は「蒼海詩選」に拠りました。簡野氏の「和漢
名詩類選評釈」は末句が“如今靺鞨屬何州”になっています。
22  二可   2004/10/13(Wed) 01:06
ちなみに上の詩の本文は「蒼海詩選」に拠りました。簡野氏の「和漢
名詩類選評釈」は末句が“如今靺鞨屬何州”になっています。

実を言うと僕は蒼海の書が・・・キライなんです。
詩は・・・・略
http://www.actv.ne.jp/~yappi/mystery/003-nihonchuou.htm
これ↑すごくないですか?

ほんとのところは、「日本中央バス」って会社は、多胡碑がある
群馬県にありますし、“日本のヘソ”渋川市も群馬県
http://www.city.shibukawa.gunma.jp/aramasi/aprmanna.html
そんなこともあって、“日本中央碑”が僕の頭ン中で混乱してるだけ
なのかもしれません。
23  名無しさん   2004/10/13(Wed) 20:46
へ?壷の碑って、多賀城碑のことじゃないんですか?
見に行ったことがありますが、あれはパチのオーラが・・・。
まあ、キリストの墓もあるし、義経が北海道に渡ったという伝説もあるし、今
さら何が出てきても驚きませんが・・・。
だいたい、三内丸山遺跡だって、高速の出口から近すぎ・・・やめときましょう。
渋川のヘソ祭り、行ったことありますよ。
ヘソの〜まち、ヘソまつり〜
24  名無しさん   2004/10/13(Wed) 20:50
日本のへそを自称する町っていっぱいありますね。
でも、僕は琵琶湖だと思います。でかすぎるかな。
25  二可   2004/10/13(Wed) 21:34
だ(で)いだらぼっちって、やはり上州で、あれは浜名湖でしたか???
26  名無しさん   2004/10/14(Thu) 02:08
ダイダラボッチはどこにでもいます。
たとえば、世田谷区の代田橋はダイダラボッチがかけた橋だそうです。
東日本に多いんだったかな。
柳田国男に「ダイダラ坊の足跡」という論文があります。
27  名無しさん   2004/10/14(Thu) 02:19
多賀城碑
去京一千五百里
去蝦夷国界一百廿里
去常陸国界四百十二里
去下野国界二百七十四里
去靺鞨国界三千里
一里=540メートルですから、1620キロぐらいですか。
28  二可   2004/10/16(Sat) 23:57
題新羅三郎吹笙足柄山圖   頼山陽
鶺鴒原遠月孤明。欲出關門且駐行。
應惜平生廣陵散。鐵衣風露夜吹笙。


29  名無しさん   2004/11/09(Tue) 16:51
涼州詞って、涼州で作ったんじゃないの?
30  二可   2004/12/13(Mon) 15:03
スレッド見るの忘れていました。
涼州詞ってのは曲調のことですよね。もちろん、
詞は西域への遠征を歌うことがほとんどであったのではないでしょうか?
http://www.aurora.dti.ne.jp/~saiun/gakudo/kanshi/ryoshu.htm
http://www.kangin.or.jp/what_kanshi/kanshi_A21_1.html
31  ZC2   2004/12/20(Mon) 22:01
ちょっとお尋ねしたいんですが、中国人の表現がオーバーなことを「白髪三千丈の国
だから」なんていいますよね。
李白の詩からきていることは分かるんですが、他にもそういう大仰な表現ってありま
すか?
32  二可   2004/12/21(Tue) 02:56
李白の“白髪三千丈”は、日本では成語的に使われ、おっしゃるように中国人や漢文の誇張表現の象徴として引用されることが多い
ようです。項羽と劉邦の項羽、伝記である史記の項羽本紀にも下記のようなすこし大げさな表現があります。戦場ではたしかに後ずさり、退却は
数百メートルにもなりことはありうるでしょうし、最近の考古学発掘の成果では、秦の宮殿は大きな火災に遭った痕跡が認められるとも聞
きました、が、歴史書とはいえ、ここには文学的ともいえる誇張表現があることはたしかでしょう。

項王瞋目而叱之、赤泉侯人馬倶驚、辟易数里。
(項王目を瞋らせて之を叱す、赤泉侯人馬ともに驚き、辟易たること数里)
焼秦宮室、火三月不滅。
(秦の宮室を焼き、火三月滅せず)

李白の他の作品にも、

飛流直下三千尺、疑是銀河落九天(疑らくは銀河の九天より落つるかと)
君不見黄河之水天上来。(君見ずや黄河の水天上より来たるを)

有名な白居易の長恨歌には
後宮佳麗三千人。三千寵愛在一身。(後宮佳麗三千人、三千の寵愛一身に在り)

李白の飛流〜は中国の江西省の盧山にある滝を詠ったものですが、約百二十Mなのだそうです。君不見〜、黄河ももともとは雪解け水、雨水だとは思いますが・・・

白居易の後宮〜、玄宗皇帝の後宮に三千人も宮女がいたかどうかはわかりません皇帝さま、一日一人でも、十年かかっちゃう、そりゃ仙薬が要るわけだ・・・・

ただ、よくご覧いただきたいのは、使われている数字は三か千の二文字です。

中国語の漢字一字ずつには、それぞれ声調というものがあり、特に漢詩では、その抑揚の組み合わせにより耳で聴いて大変心地よい旋律になるよう工夫
されています。李白の時代は、その声調の組み合わせ、所謂、平仄が確立・完成された時代でした。

実は、中国語の数詞は、だいぶ昔から一〜十、百、千、万のうち、三と千だけが平らな調子の音を持っており、ここでの三千丈、三千尺の場合、“三千”は他の、五十とか二十、五千、五万等ではどうしても代用できないリズムになっているのです。そのため、李白は当時、誇張するしないにかかわらず、必然的にこの箇所は三千と言わざるを得なかったともいえます。

じつは気の遠くなるくらいの長い期間、この二文字は兄弟のように組み合わせで使用されてきた歴史を持つのです、まさに三千歳!

中国語の表現は、日本人にはなじめない部分もあるらしく、漢文では常用語ともいえる“断腸”、日本語でも断腸の思いなんて使いますが、この表現は日本の古典詩歌にはほとんど使われなかったそうです。
はらわたが裂ける〜その他にも銘肝縷骨、粉骨砕身、肝脳塗地、刮腸抉髄等々まことに鮮烈なイメージです。いかにも具体的、具象的な表現を好む中国人らしい語句ですが、案外に誇張でもなんでもなかったのかもしれません。

「母をたずねて三千里」の原題の直訳は『アペンニーノ山脈からアンデス山脈へ』
なのだそうです。訳されたのはまだまだ漢文の素養の名残がある時代だった?
33  ZC2   2004/12/22(Wed) 16:19
ご丁寧な回答ありがとうございました。
なるほど、音の問題もあるんですね。
日本の文献でも、軍記物語なんかは何万何千騎なんていって、かなりの誇張をして
いますから、誇張は特別中国に限ったことでもないように思ったのです。
そんなにいたら宇治川は芋洗い、いくさにならないでしょうに。

34  二可   2004/12/23(Thu) 02:09
今の中国では“河水尽赤”なんて成語的な表現があるんじゃないかと思います。

古典では、◎水尽赤、潭水尽赤、池水尽赤、渭水赤三日とか。
ただ、渭水の出典の漢書では、この色、血じゃないかもしれませんし、
よくわかりません。

映画のプライベートライアンの戦闘シーンは海水が真っ赤になっていましたね。
35  中川@管理人   2005/01/08(Sat) 23:41
最近、気になった漢詩

詠鵞 駱賓王
鵞鵞鵞
曲項向天歌
白毛浮緑水
紅掌抜清波

中国語でどうぞ。鵞鵞鵞と抜清波が笑えます。
駱賓王七歳の詩らしいです。
36  中川@管理人   2005/01/10(Mon) 21:29
見つけました。

松竹梅    松口月城 
 寿福愈開松竹梅
 君家今日是蓬莱
 亀遊鶴舞人環酔
 無限歓壊在玉杯

「亀遊鶴舞人環酔」亀が遊ぶのはまだ納得いきますね。
こっちは人も出てくるし、一枚上手かな。
37  二可   2005/01/11(Tue) 01:37
>>36
うぉ!
でも、これ字が随分違いませんか?コピーだとは思いますが。
環と壊。

しかし、御大の詩はなんだか可愛いんだけど、ゲツジョー先生のは
なにか込み上げてくるんだよなあ・・・・(胃液とか)
38  中川@管理人   2005/01/11(Tue) 02:05
>>37
コピペです。
もともとは詩吟のテキストにありました。
僕が結婚するときに唸りたいと母が申しております。
「壊」は「懐」ですね。
「環」は何でしょう。そのテキストには「人また酔ふ」としてあります。

>なにか込み上げてくるんだよなあ

ゲツジョー先生って医者でしたっけ。
39  中川@管理人   2005/01/11(Tue) 02:12
これもすごいなぁ。
http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=BEE1&ac2=&ac3=3411&Page=hpd_view
40  二可   2005/01/11(Tue) 23:02
>>39
くぉおお、こんなの一生かけても僕なんかにゃとても書けんぞ。

>僕が結婚するときに唸りたいと母が申しております。
ゲツジョー氏の母っつう作品もありますな。
http://www.bcap.co.jp/hooryu/haha.html

しかし、ここまで徹底してりゃ、もう何も言えん。
記念館ができてたなんて。


41  二可   2005/01/11(Tue) 23:06
>>38
環は還かなとも思ったのですが。

松口月城の名前は、ひと昔、友人が神◎川大学詩吟部の部長で、
彼が何やらうなってた中にたくさん作品があったのです。

ただ、妻となり〜ぃぃぃぃい、夫となり〜ぃぃぃぃぃい!!!
は、母親が農協の集会で習ってきた時に聞いたのだと思います。
42  中川@管理人   2005/01/12(Wed) 03:09
ゲツジョー先生の詩は当事者の気持ちになって詠まれているのが、なんともいえず
ナンですね。
「お前なんかにオレの気持ちがわかってたまるか!」
という前に、漢字の羅列がそれだけで有り難く・・・。
しかし、これを読んでイイと言っていた時代は、あのや●ざの詩(書?)の方の
作に胸を打たれるよりは健康な気がします。
やっぱ同じか。
43  二可   2005/01/13(Thu) 00:28
ゲツジョー先生詩集あるんでしょうかねえ。
ちゃんとした絶句(失礼)とかあるんだろうか。よんでみたい。

途中で失神するかもしれんけど。
44  中川@管理人   2005/01/13(Thu) 02:17
作ってみましょうか。
ネット上でも断片的にはあるみたいなので、りぞうむ使ってコピペすればできますよね。
古典ではないけど、笑えればよし。
45  中川@管理人   2005/01/13(Thu) 02:30
http://www.mirika.jp/pages/tukijo.htm
1万数千首!

作ってみました。
http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/yukiwiki/wiki.cgi?%be%be%b8%fd%b7%ee%be%eb
46  二可   2005/01/13(Thu) 20:29
http://marute.co.jp/~hiroaki/hureai/hureai.htm

ここでその一端を垣間見ることができる。
兎と亀とか桃太郎・金太郎なんかすごいぞ。
47  中川@管理人   2005/01/14(Fri) 00:12
酔っ払って>>45みたいなの作っちゃったんですが、よく考えてみると、この人の著作権
まだ余裕で生きてるんですよね。
日本でもっとも著作権蹂躙された作家か。
48  中川@管理人   2005/01/14(Fri) 03:12
>>46
「驚くべし決戦戦場の亀」
ブブブブブ!
「端午」もいい味出してますね。なぜ「日本男児」かなぁ。
桃太郎と金太郎なんて時代が違うから絶対に相撲とれませんって。

あと、関係ないんですが、「楠曙覧」は「橘曙覧」の間違いですよね。
49  二可   2005/01/17(Mon) 21:27
少し調べたんですが、
「驚くべし決勝線上の亀」ですね。先にゴールってことかしらん。
これらは、どうも、ゲツジョー先生、「・・・子供には子供の天地をうたわし
むるのが自然と思いまして、童詩として創作・・・・」

曰く
怠惰生(なまけもの)
習って覚えず聴いても忘る 朝夕遊びに耽って勉強せず
成績無論尻から一 先生嘆息して苦心すること長し

大江山
酒顛童子は大江の山 物を取り人を奪うて世間を騒がす
源頼光征てこれを討つ 忽ち鬼賊をとらえて天皇を喜ばす

しかし、一番目のやつなんてどうして子供に詠わすかい??
50  中川@管理人   2005/01/18(Tue) 22:38
>>49
「驚くべし決勝線上の亀」ですかぁ。「センジョウ」の打ち間違いですかね。
「G線上のアリア」みたいなもんでしょうか。
平仄のことは分かりませんが、「戦場」の方がいいなぁ。
>怠惰生(なまけもの)
これまたすごい。
起句なんか怠け者じゃなくって、ただのバカです。
転句がぜんぜん転になっていない(なってるのか?)のも、絶妙。
これは子どもの天地ではなく、先生の天地ですね。
って、卒業式でこんなの吟じたら、ニュースになるかしらん。
51  二可   2005/02/03(Thu) 22:27
http://www.fuchu.or.jp/~sei-dou/rekisi-siryou/rekisi-shiryou.htm

・・・・どう思われます?ここの解説。誰かいつか言わないと・・・・
かなりの名門なんですよ。ここは。
小島成斎・篠崎小竹・中島棕隱・・・・

っていうか、草書は読みにくいですねえ。
52  二可   2005/02/03(Thu) 22:31
小島成斎・篠崎小竹・中島棕隱・・・・
もちろん・・・・だけじゃありませんの
53  中川@管理人   2005/02/05(Sat) 00:04
ちょっとよくわからないんですが・・・。
問題点はどこに?
54  中川@管理人   2005/02/05(Sat) 00:09
しかし、いつ見ても中洲先生の書は・・・
55  二可   2005/02/06(Sun) 21:02
>>52
に挙げたのが特にわかりやすい例なのですが、
まず作品自体を読んでみてください、次に釈文を参照する。
で、難読字の挙例を見る・・・・
56  中川@管理人   2005/02/12(Sat) 13:45
http://www.fuchu.or.jp/~sei-dou/rekisi-siryou/00035shinozaki-shoutiku-mudan/00035shinozaki-shoutiku-mudan.htm
座足懸帆溯月中

応に是れ帆を懸けて月中を溯るべし

http://www.fuchu.or.jp/~sei-dou/rekisi-siryou/00117nakajima-souin-2gyousho28/nakajima-souin-2gyousho28.htm
これはまったく意味が分かりません。Cはどこに?

http://www.fuchu.or.jp/~sei-dou/rekisi-siryou/00050kojima-seisai-ryuu/00050kojima-seisai-ryuu.htm
これの問題点はどこに?

ってことでしょうか?
もっと致命的なのがありますか?
近世の草書はノーミソがイヤイヤします。
57  二可   2005/02/17(Thu) 13:19
>>56
http://www.fuchu.or.jp/~sei-dou/rekisi-siryou/00035shinozaki-shoutiku-mudan/00035shinozaki-shoutiku-mudan.htm
「轆轤」が何故か怪物の名前になっていませんでしょうか?
58  二可   2005/02/17(Thu) 13:26
http://www.fuchu.or.jp/~sei-dou/rekisi-siryou/00117nakajima-souin-2gyousho28/nakajima-souin-2gyousho28.htm
仔魚ではなく偶興ちゃいますか??
欠字は秋宵じゃ当たり前すぎるかなあ・・・“以”じゃ平仄があわない。
59  二可   2005/02/17(Thu) 13:47
http://www.fuchu.or.jp/~sei-dou/rekisi-siryou/00050kojima-seisai-ryuu/00050kojima-seisai-ryuu.htm

龍在雨○本愈年
自阿荒々飛支点
病身千郷人間暇
枉以寛翁今是天

実はよく読めない(わからない)ので、えらそうなことは言えないのですが、

龍在酉辰本命年
白頭鹿鹿非前賢
病身幸得人間暇
枉以塞翁亦是天

ではないでしょうか?

60  二可   2005/02/17(Thu) 13:50
>>59
もし鄙説通りなら、二句目は全部違います。
61  二可   2005/02/17(Thu) 13:55
僕の読みが合う合わないに拘らず、恐らくは
28文字中14文字が違うのではないかと・・・・
62  中川@管理人   2005/02/19(Sat) 02:39
>>57
ああ、これ轆轤ですか。
けもの偏じゃないだろうと思ってましたが、読めませんでした。
これを翻刻した人って、一画多いとか少ないとかを見逃す癖があるみたいですね。
>>59に書き下し文がついていないのは、翻刻が間違っていて読めなかったからで
しょうか?
63  中川@管理人   2005/02/19(Sat) 02:42
>>58
よく見たら、どう見ても仔魚じゃないな。トホホ・・・(自分に対して)
64  二可   2005/02/19(Sat) 11:04
というわけで、あまりにトホホな名門校の資料庫解説・・・・
65  中川@管理人   2005/05/13(Fri) 00:25
対決!
Yahoo!翻訳VSExcite翻訳
66  中川@管理人   2005/05/13(Fri) 00:26
【原文】
春眠不覺曉
處處聞啼鳥
夜來風雨聲
花落知多少
67  中川@管理人   2005/05/13(Fri) 00:26
先手、Yahoo!翻訳
春眠覚の暁。
カ所カ所は泣く鳥をかぐ。
昨日風雨は声を出す。
多少を知ることが落ちることを使う。
68  中川@管理人   2005/05/13(Fri) 00:27
後手、Excite翻訳
春眠暁を覚えず。
処処聞啼鳥。
夜来風雨の声。
花落知多少。
69  中川@管理人   2005/05/13(Fri) 00:33
Yahoo!翻訳はアンドレブルトン「溶ける魚」を彷彿とさせる名訳である。
一方、Excite翻訳は書き下しを知っていて、カンニングの疑いがあるが、それを隠すため
か一部翻訳していない。
よってこの勝負、Yahoo!翻訳の勝ち。
70  二可   2005/05/14(Sat) 00:56
贈ヘプ先生

久在網中閑夢頻。
長江分處又逢春。
粉紅花色一千里。
獨作天涯逃世人。

答余博士乘刀先生

溪雲盡後夏穿袍。
風帶奇涼聲似濤。
獨自夜歸人悄立。
回看北斗七星高。


南都倣節○先生體

青丹好處是南京。
日出花開風景明。
大佛殿高三笠麓。
呦呦野鹿自長鳴。
71  二可   2005/05/14(Sat) 00:57
↑漢詩ぶってこれまで貼り付けたやつですが、試してみました。

贈る??先生

久しくネットの中で暇な夢しきりに。
長江は所を分けてまた春に会う。
ピンクの色柄の1千里。
ただ天涯の隠棲する人を行う。

ヘプ先生を贈る

しばしば長く網中の暇の夢にいる。
揚子江はカ所かつ逢の春を分ける。
ピンクの柄と色の1の遠い距離の形容。
独作天涯は逃げる世人。


余博士に答えて刀先生に乗る

渓雲最もの後で夏長衣を着る。
風が珍しくて涼しい音を持って大波のようだ。
独りで夜人がひっそりと立つ。
帰って北斗七星が高いことを見る。

答の余博士は小刀先生に乗る

沢は后夏を尽くして袍を横切ると言う。
風は珍しい涼が大波に似ると言うことを持つ。
独自の夜は帰して人の悄は立つ。
北斗星七星高を見ることへ帰る。

南はすべて節の0先生の体をまねる

青丹の利益は南京だ。
日の出の花が咲く景色は明るい。
大きい仏殿の高校三年の笠の麓。
おや野鹿は長いから鳴く。

南の都擬線○氏体

青丹有益は南京です。
日の出花開風景の明。
大仏の殿の高三のかぶり笠ふもと。
呦の呦の粗野な鹿自長は鳴る。
72  中川@管理人   2005/05/16(Mon) 23:37
上がExciteでOK?
だとすると、やっぱりYahoo!はできんぼちゃん。
73  中川@管理人   2005/05/16(Mon) 23:44
>贈ヘプ先生
網中をネットの中って訳すのはうまいなぁ。
ネットならアミとも取れるし、ネットワークともとれるもんなぁ。
しかし、下は長江をなぜわざわざ揚子江にするのか、一千里を「1の遠い距離の形容」って
なんだか辞書ののままみたいな訳になっちゃうのはなぜか?
>答余博士乘刀先生
小刀先生って何故ですか?
>南都倣節○先生體
あをによしが笑えますね。
上は転句の高三笠を高校三年ってのが笑えます。中国語でも高三っていうんでしょうか?
74  二可   2005/05/17(Tue) 20:37
もういっこやってみました。真面目に

丙申春就醫秦淮寓丁家水閣浹兩月臨行作絶句三十首
留別留題不復論次(録其第三首)

苑外楊花待暮潮。隔溪桃葉限紅橋。
夕陽凝望春如水。丁字簾前是六朝。  錢牧齋

丙申は春医者にかかる秦の淮の含ませるひのとの家の水辺の建物はうるおして
2月出発間際になって行う?文の30首が旅立ちに際して友人へ記念の品(詩)を
贈って詩文を書き残してもう1度劣っていることを議論しない(?その第3)

公園の外でヤナギの綿は暮れの潮にじっとしている。
渓桃と葉をあけて紅橋を制限する。
夕日は水のようだ春をじっと眺める。
T字形のカーテンの前で六朝だ。   銭牧齋

丙の申春は復論は不良であり30首は書き残しを旅立って秦淮は丁家水辺にある
高い建物の浹に住んで2月に出発間際に絶句を作って医者にかからなく
(三番目に記録するそれ)

苑外柳綿は夕暮れの汐を扱う。沢の桃の叶の限紅橋を挟む。
落日は春如水を凝視する。T字形の簾以前は六朝です。   銭牧斎戒

やはり後者のヤ系の方が秀逸ですね。
75  二可   2005/05/17(Tue) 20:49
季咸詞兄、爲小弟生日親寄購書料。即奉寄一詩道謝。
詩家自古耐凄寒。
但爲一書還減餐。
不意吾兄厚資給。
捧持手諭涙無乾。

季のしょっぱい語の兄、?末の弟は誕生日自く本を買って推測を郵送する。
すぐ1詩を郵送してお礼を言うことを献上する。

詩の家が古来より耐えるのがみじめだ。
しかし?1本はまだ食事を減らす。
はからずも吾の兄の厚い資本はあげる。
ささげ持って手ずから書いた指示を持つ?無関係だ。

季咸の語の兄は、私のために、誕生日、みずから購書料を送り届ける。
即ち奉寄一の詩はお礼を言う。

詩家自の古耐の寂しい寒。
ただ為一はまだ餐を減らせることを書く。
思いがけなく吾兄厚は与えることに資する。
持の手ずから書いた指示の涙の無が干を祭り上げる。
76  中川@管理人   2005/06/02(Thu) 19:53
で、季のしょっぱい語の兄はいかがなされた?
77  おっぺ   2005/06/07(Tue) 12:50
ひゃー、おもしろい!
季のしょっぱい語の兄、知りたい知りたい。

あ、おじゃまします。おっぺと申します。
78  中川@管理人   2005/06/07(Tue) 21:48
おっぺさん、はじめまして。遠慮なく書き込んでくださいね。
また、メールまでいただいてありがとうございます。
なんでしょうね、「季のしょっぱい語の兄」って。

しかし、あらためて>>75を読むと、予言書みたいだなぁ。
79  二可   2005/06/08(Wed) 00:09
こんにちは。
季のしょっぱい語の兄、いったい今はどこで逍遥なさってるか??
周易みたいな翻訳ですね。

昨日、こちらの本屋さんで見つけた本。
「漢詩集 百歳を生きて」
現存の吟詠の大家、岸大洞先生のご本です。
80  二可   2005/06/08(Wed) 00:36
郷土愛に満ちた、どなたが読んでもわかる詩。

巻頭を飾る一首
夕燒空
向夕燒空思出多。故郷幼逹又山河。
噫吾數歳過還暦。耳底今殘母守歌。
ゆうやけのそらにむかえばおもいでおおし
ふるさとのおさなだちまたやまかわ
ああわれとしをかぞうればかんれきをすぐ
みみのそこにいまものこるははのもりうた

あとがきの中に、
“谷川岳と言えば岸大洞”“全国各地で愛唱されており”

谷川岳
雙峰競秀聳天邊。千仭懸崖壓眼前。
忽雨呼風雲覆谷。恰魔神似舞山巓。
そうほうしゅうをきそいてんぺんにそびゆ
せんじんのけんがいがんぜんをあっす
たちまちあめはかぜをよびくもはたにをおおう
あたかもまじんのさんてんにまうがごとし
81  二可   2005/06/08(Wed) 00:39
また機会をみてご紹介いたしましょう。
力作が揃っています!!

すごい。
82  季咸   2005/06/13(Mon) 12:54
季のしょっぱい語の兄はここにいますよ〜(* ^ー゚)ノ

>>77おっぺさん
ようこそです★
ここの管理人さんも二可先生も変な人なのでお気をつけあそばせ笑
83  二可   2005/06/14(Tue) 00:20
唐文皇曰はずや、「鳳翥龍蟠、跡似奇而正!」

また聞く学山堂張氏、好みて白氏を引く、
「人皆有一癖、我癖在章句」

先生の如きは既に既に之に與したまふ者也。
84  おっぺ   2005/06/14(Tue) 00:26
季のしょっぱい語の兄:
あまりの面白さに、身をわきまえず、おじゃましました。

やたがらすナビ、おもしろいです。
とても読みづらい書き込みもありますが。
85  二可   2005/06/14(Tue) 00:42
こんばんは!ああ、ようやくまともな人がこられた!
いやね、ここだけの話、実は僕だけがまともなんじゃないかと
一人悩んでたんです。
86  中川@管理人   2005/06/14(Tue) 01:55
>>84
おっぺさん、メール欄は書かなくっていいですよ。
一度消して書き込みすれば、次からは出ません。
ぜんぜん知らない人からメールがくるってことはまず無いと思いますが、SPAMが増える
可能性があります。
>>85
はぁ〜?(つっこんでほしかったんでしょ)
87  二可   2005/06/15(Wed) 01:37
>>86 は〜い!!なんっすか??
今冬のやつで季節はずれですが・・・
で、しょっぱい語の学兄はいずこに??
吾亦荒村一釣徒。破蓑蓬笠坐冰湖。 
日斜猶未見成果。自有垂綸風逸娯。

http://www.pref.gunma.jp/e/04/suisi/sui304.htm
湖は淡水ですが、涙鼻水でしょっぱかった。

88  二可   2005/06/17(Fri) 01:08
http://iriz.hanazono.ac.jp/frame/yoshi_f01.html
ここはおもろいです。いつかこんな連載やってみたいわあ。(笑)
89  中川@管理人   2005/06/18(Sat) 02:33
>>88
やってくださいよ。
しかし、ここのサイトはいいですね。
やっぱり、こういう地味な分野の方がネットへの進出が早いのかもしれません。
90  中川@管理人   2005/06/26(Sun) 02:18
今、授業で長恨歌をやっています。
自分の勉強にもなるし、もう一度読み直してみたいと思って始めたんですが、説明が
どうしてもエロエロになるんでむずかしいです。
なんとかごまかしましたが、理解してもらえたんだろうか?
91  二可   2005/07/09(Sat) 01:43
http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/readres.cgi?bo=yatazo&vi=1087745555&res=1902

江戸の石臼先生に狂詩があるとのことです。

頼政 石臼先生
愚哉源三位。羨驕燒餅意。
勸宮落京都。爭角穢御寺。
隔橋坊樣強。渡川又太智。
扨讀埋木花。扇芝君寢地。

さっぱりおもろないのは、故事に通じる同じ教養・知識がないから??
92  二可   2005/07/09(Sat) 01:45
http://www.kadokawa.co.jp/sp/200411-05/
>>90
こいつなら読んだんですが・・・・!
93  中川@管理人   2005/07/09(Sat) 19:39
>>91
あたしもよく分かりません。
そもそも石臼先生って誰ですか?
蕎麦関連?
>>92
周星馳は馳星周のニセモノだと思ってたら、馳星周が周星馳のニセモノだったのですね。
94  二可   2005/07/10(Sun) 00:56
サッカーの映画はなかなか痛快でした。ありえへん!!
95  中川@管理人   2005/07/11(Mon) 03:02
雑談スレで書いた中国のガス田ですが、春暁、天外天、断橋、残雪だそうです。
春暁以外も漢詩が出典ですか?
天外天なんて杭州の中華料理屋しか知りません。
96  中川@管理人   2005/07/11(Mon) 03:05
あ、断橋残雪は西湖十景でした。やっぱり杭州。
http://www.gotohz.com/inter/jo/showarticles.jsp?board=xhfg&id=58&zlmid=4
97  中川@管理人   2005/07/11(Mon) 03:08
ありゃ、とすると春暁も孟浩然とは無関係か。
西湖十景に蘇堤春暁ってのがありますね。
http://www.allybook.com/Japan/jp001.htm#04
98  中川@管理人   2005/07/11(Mon) 16:34
ナゾが解けました。
http://www2.cc22.ne.jp/~hiro_ko/2-31g-kaihatsu.html
中国側はあのあたりの海底の地形を西湖盆地と名づけているそうです。
99  二可   2005/07/20(Wed) 23:32
http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/readres.cgi?bo=yatazo&vi=1087745555&res=1963
「諏訪湖弔武田機山」 田邊碧堂
托骨湖中豈偶然。曹瞞疑塚昔曾傳。
金棺應有蛟龍護。千古英雄好墓田。

100  二可   2005/07/28(Thu) 22:51
http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/readres.cgi?bo=yatazo&vi=1087745555&res=1953&fi=no
漢詩の太刀掛呂山氏が『漢詩の手本第五輯』の「呂山草堂詩話」に橋本関雪
のことを書かれているのですが、白沙村荘の前、疎水べりにたつ彼の詩碑に
ついて
「また荘外の北と東に疎水が流れ。桜並木があるが、これは関雪夫人が植え
たもので、夫人亡後十三回忌に関雪は左の詩を碑に刻して建てているという。

朶雲壓水一渠斜。春伴潺湲這我家。惱殺幽人殘夜夢。風々雨々不堆花。

この詩の承句を、某誌に「春ハ潺湲ヲ伴ヒ我ガ家ヲ這フ」と讀んでいるが
「這(ハ)フ」は和訓であって漢語としては「ムカフ」とよむ以外よめない。
「我ガ家ニムカフ」とよむと「春伴潺湲」がさしさわる。関雪ほどの詩人
もこんな困りはてたことをしてくれたものと思うし、当時の詩友も注意で
きる人がいなかったのだろう」

この詩碑はたしかに現在も疎水に沿う歩道のところに建っています(る筈です)。
この文を書かれた時点では太刀掛氏も某誌の記事を読まれたのみだったの
でしょう。実際に碑の前に立ってみますと、本文はおそらく
「朶雲壓水一渠斜。春伴潺湲遶我家。惱殺幽人殘夜夢。風々雨々不離花。」

「這」ではなく「遶」、「堆」ではなく「離」だと思います。
某誌とはどんな雑誌だったのでしょうねえ。

以前なら電車ですぐに京都に行けたのですが、今はもう・・・もう夏盛りなん
でしょう。暑いだろうなあ。

101  中川@管理人   2005/08/02(Tue) 08:52
私、恥ずかしながら今の今まで這=这だって知りませんでした。
102  二可   2005/08/03(Wed) 22:58
這個、這般、這麼、は漢詩の大家(おおやではない)も
よく句中に使いますし、漢文の評にもよく使われているのを目にします。
これはやや俗語的表現ということで、禅家がよく使ったことの
影響や名残として今の世の漢文を書く方の間に伝え残っている
のかもしれません。
那邊(=何邊)、那時(=何時)、那所之、(何所之)などもよく似
た例ではないかなあ?

しかし、僕はこれらの文字がいわゆるかっちかちの漢文脈や、け
っこう固い語調の詩中に突如として出てくる為、なんだか違和感
を感じる事があります。例があればこんど挙げたいとは思うのですが・・・・

現代中国語を併せて学ぶことが多いであろう今の学生は、おそらく
漢文中にこれらの俗語調の文字を交えるのには多少なりとも抵抗
を覚えるのではないかと思うのです。現代の口語とほとんど同じすもんね。

いかめしい漢文の中に此時ではなく、這時(ちょーしー)とか、脈絡もなく
混じるわけです。

ホントよくわからないけど、もしかしたら少し洒落た事してやろうって気分で
使われているのじゃないかなあ・・・・

どうせなら、李易安ばりの詞とか、或いは詩といっても、表現・構成が詞的な
場合などに使って欲しい気がするのです。

103  中川@管理人   2005/08/04(Thu) 18:03
でも、中国語は簡体字で習いますから、這個と这个は違うような感じがします(僕だけかも)。
よく師匠が言っていましたが、戦前の近代文学を読むときはもとの単行本で読めと。
今の文庫本は新漢字、現代仮名遣いだから、やっぱり読んだ感じが違いますね。
那は結構古いのにも出てきませんか。口編がついてないと疑問って感じがしないような。
ときに、マヌケな質問で恐縮ですが、詩と詞の違いって何ですか?
104  中川@管理人   2005/08/04(Thu) 18:04
ワシ、漢文ネタでレスすると、どうも半可通ぶりがばれちゃっていかんですね。
105  二可   2005/08/04(Thu) 22:54
>>103
詩と詞の違は那辺に在りやという事を論ずれば、
此の掲示板の一枠では到底語り尽す能はざる・・・云々
106  二可   2005/08/05(Fri) 00:01
実はワタシも半可通なわけでして、なんとなくは知っていても
それを文にあきらかにできない、専家になれぬ所以でしょう。

詞もおおまかに考えれば詩の一部です。
中国語でいう詩と詞はあきらかに別個の様式とみなされていて、
詩は唐代以降に成立した律詩・絶句のいわゆる近体と、唐以前
の形式を引き継いだ古詩・楽府のいわゆる古体をいいます。
詞はこれらとは別に独立した様式として成長、長短句、填詞とも
呼ばれるように、もともと曲調に合わせた長短さまざまの句に
ことばを当てはめて作られたものです。

ただ、詞だけでなく詩ももともとは曲調に合わせて歌われたもの
であり、現在では両者ともに曲調を失い歌謡ではなく韻文学として
伝承されまた創作もされているのが現状です。

このように様式だけで一見単純に詩と詞は区別できるものではあり
ますが、一方では様式だけでは単純には割り切れない何かが両者を
隔てているもののようです。
107  二可   2005/08/05(Fri) 00:03
ありゃりゃ、接続詞がうまくはめられてないので、
流れがさっぱりな文章ですな。推敲してなくてごめんなさい。
108  二可   2005/08/05(Fri) 00:32
王漁洋が詞と詩の違いを人に問われた時に、
晏殊の有名な句「無可奈何花落去。似曾相識燕歸來。」を挙げて
示したそうです。

一曲新詞酒一杯。去年天氣舊亭臺。夕陽西下幾時回。
無可奈何花落去。似曾相識燕歸來。小園香徑獨徘徊。(浣溪紗)

ところが、晏殊には同じ句を用いた七律もあるという事で、

元巳清明假未開。小園幽徑獨徘徊。
春寒不定斑斑雨。宿醉難禁灎灎杯。
無可奈何花落去。似曾相識燕歸來。
遊梁賦客多風味。莫惜青銭萬選才。

しかし、こちらの律詩は同じ名句を含んでいるにも拘らず、まったく
人に知られていないというのは、どういうことか・・・・この良く知られ
た対句はいかにも詞らしい表現ということになるのでしょうかねえ。
王國維は人間詞話の中で次のように述べているそうです、
「詞能言詩之所不能言、而不能盡語詩之所能言。詩之境闊、
詞之言長。」
http://www.tcymg.com/fanti/scjs/gelu/scdxch/006.htm
109  二可   2005/08/05(Fri) 00:37
一般には詞は情緒纏綿、艶麗繊細、移ろい行く季節の情景の中、
さまざまな感慨を閨情に託してうたわれることが多いようです。
いかめしいいわゆる漢語を詞に混ぜて使ってみても、普通には野暮の
骨頂をさらすだけだとおもいますが、中には蘇東坡や毛沢東のよう
な調子もあるわけで・・・

むずかっしいっすなあ。
110  二可   2005/08/05(Fri) 00:40
>>105
ふつう詞じゃ“説不尽”みたくいいますわね。語るじゃ固いかなあ。
“無語”っつのはよく見ますが。
111  二可   2005/08/05(Fri) 09:21
どうもうまく説けていないようですが、上数段は某詞学の大先生の
本を適当に端折ったようなもんです。
112  中川@管理人   2005/08/06(Sat) 04:43
日本で言うと、和歌と歌謡の違いみたいなもんですかね。
これも説明せいといわれてもうまく説明できない。
押韻とか平仄なんかの形式的な違いってあるんですか。
113  季咸   2005/08/13(Sat) 15:04
>>102
>しかし、僕はこれらの文字がいわゆるかっちかちの漢文脈や、け
>っこう固い語調の詩中に突如として出てくる為、なんだか違和感
>を感じる事があります。

私もそうです。
禅本ならまだしも・・。
『朱子語類』も白話系でなんだか苦手。

無関係ですが山本の『段玉裁遺書』(台北:大化,1977年)ほしい☆
114  二可   2005/08/20(Sat) 23:22
>押韻とか平仄なんかの形式的な違いってあるんですか。
レスしないままほってあります、ごめんなさい。
実は書きかけが消えちゃったので、それっきり・・・・またやります。
115  二可   2005/08/20(Sat) 23:24
即事 郭頻伽
的的疎星淡淡河。意行散髪此山阿。
秋蟲定識秋來處。淺草一叢涼露多。
116  中川@管理人   2005/08/25(Thu) 11:00
>>113
『段玉裁遺書』買いました?
バカみたいな質問ですが、『段玉裁遺書』って段玉裁の遺書なんですか?
>>114
えええっ、そんなに長いレスなんですか。
117  二可   2005/08/26(Fri) 07:42
>>114
いえ、惰性的性格で、まことにどうも・・・・
118  二可   2005/09/22(Thu) 03:16
あっという間に過ぎてしまったのですが、先日の十五夜、中秋節といえば、
坡公の《水調歌頭》。

宋の苕渓漁隠胡元任の『苕渓漁隠叢話』後集第39巻で、
「中秋詞、自東坡《水調歌頭》一出、餘詞盡廢」
と述べたくらいに名高い作品です。CD等でテレサテンとフェイウォンの
美しい声でも聴いて楽しむことができます。

明月幾時有?把酒問青天。
不知天上宮闕、今夕是何年?
我欲乘風歸去、唯恐瓊樓玉宇、高處不勝寒。
起舞弄清影、何似在人間?
轉朱閣、低綺戸、照無眠。
不應有恨、何事長向別時圓?
人有悲歡離合、月有陰晴圓缺、此事古難全。
但願人長久、千里共嬋娟。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p36.htm「詩詞世界」
http://www.teresateng.com/moon/index-j.php「Teresa Teng Fan Club」
http://www.teresateng.com/moon/index-c.php「Teresa Teng Fan Club」
http://www.china.org.cn/japanese/29606.htm「チャイナネット」
http://www.yasue888.net/japanese_so_sik.html あれれ・・・碇先生が泣泣泣(TT)怒怒怒
http://www.kanshi.org/kouza/kouzaC21.htm 「葛飾吟社」
http://www.elerno.net/tradukado/tra018.htm「世界語学習」
http://purplerose.exblog.jp/pg/blog.asp?eid=e0012800&iid=&acv=&dif=&opt=1&srl=944986&dte=2005%2D09%2D15+02%3A31%3A21%2E000「Purple Rose Garden」


あの時代の文人の作品ですから、数多くの典故が用いられており
知ると知らぬでは詠むにも大違いのはずですが、いろいろなところ
で十分な注釈が付けられとてもわかりやすく解説されています。

ところが、以前から不思議に思っていたことに。
「何似在人間」
この部分の読みが二通りあるのでした。
119  二可   2005/09/22(Thu) 03:20
手元にある出版物だけではありますが、
・岩波詩人選集の『蘇軾』下、小川環樹氏の注では
“何ぞ似(に)ん人間に在るに”“とても人の世にあるとは思えない。”
・大修館書店あじあブックスの『宋詞の世界』村上哲見氏は、
“何ぞ人間に在るに似(に)ん”“この世にいるとは思えない。”

・集英社の漢詩体系の『蘇東坡』近藤光男氏の注(上のTeresa Teng
 Fan Clubで引用)では
“人間に在るに何似(いづれ)ぞ”“とうてい人間社会にいるようなわけにはいくまい”
・NHK放送のテキスト『NHK文化セミナー漢詩を読む』 蘇東坡
1990年10月〜1991年3月、では、石川忠久氏が
“人間に在るに何似(いずれ)ぞ”“やはり人の世にいるほうがよい”

中国ではどう読まれているかを調べたいのですが、現代語訳つきの本がどこか
にまぎれてしまい見当たらずじまい。何冊かある注釈本では“何似”については
全く触れられていません。注も不要な自明のことなのでしょうか???
120  二可   2005/09/22(Thu) 03:21
ネットで検索すると、「何似在人間」は成語のごとく使われているらしく、大量
にヒットします。どうも言葉としては現実とも思われないと言うような意味で
用いられているようです。ただ、この詞を含む文脈においては、“不如在人間”
“不及在人間”人間に在るにしかず、と使われているように感じられます

とすれば、近藤氏、石川氏の注釈がもともとの意味であると言えそうな気がします。
上で貼り付けたネット上、「Teresa Teng Fan Club」の中国語版・英語版では、
“人間玩月更快活!” “On high as on earth, would it be as gay?”
下におるほうがええわい!と言っていますよね。

しかし、僕ははじめてこの詞を聴き読んだ時、月明かりの下、自分の影の動きに
合わせながら舞うと、まるで天上世界そのまんまのようだ・・・と、うっとりとした
想いに耽ったのでした。だから、“なんぞ似ん人間に在るに”と読むものとばかり
思っていたのでした。
121  二可   2005/09/22(Thu) 03:23
伝統的な中国文学の読み方として必ず政治的な寓意がそこに置かれている。と、
そういう解釈であれば中央政府から遠ざかり出世欲なんぞ超然として明るく強い
意志が述べられている、そんなところでしょうが、僕にはまるでそういう風
には思われなかったのです。『銀河鉄道の夜』で街頭に照らされた自分の影を見て、
いろいろ想像する主人公、僕はああいったシーンがとても好きだったのです。

上の「Purple Rose Garden」では“It does not seem like the human world”
との訳が見え、また「世界語学習」では、この詞の最初の翻訳をした方が
“彷彿已離開了人間”の意味とされていたようですので、中国語でも両方に読む
ことができることはわかりました。また、清の黄蓼園という人の《蓼園詞選》に
は“按通首只是詠月耳。前闋、是見月思君、言天上宮闕、高不勝寒、但彷彿神魂
歸去、幾不知身在人間”とあるとのことですので、昔の士大夫でもそういう解釈
をする人がいたとなんだかほっとしたことでした。

小川氏も村上氏も何か基づくところがおありなのかもしれません。
122  二可   2005/09/22(Thu) 03:24
「チャイナネット」の“何ぞ似ばん 人間に在るに”は、
なんぞおよばん、と読むのでいいでしょう。

「詩詞世界」の碇氏の読み方と注釈はとても微妙でなんだか
気をつかって折衷したような感じです。

「Teresa Teng Fan Club」に載っている現代語訳は
“天上世界のありさまにとてもかなうものではありえない”
http://www.teresateng.com/moon/index-j.php#Anchor139753

これは間違えではないかと思います。
123  二可   2005/09/22(Thu) 03:48
いまは、いづれぞ、と読んだほうがとてもすっきり筋が通るので、
そっちが正しかったんだなあと思っています。

何ぞにたる人間に在るに、と読んでいたころは、なんだか言いたい
ことが途切れてよくわからず、強いて

お月様飛んで行きたいなあ、でもとっても寒いだろうなあ。
じゃあ、ここで月明かりの中で舞っていれば、地上にいるとも
思われないのでわざわざ行かなくてもいいよなあ。
と、とてもまわりくどい思いをしていました。
124  二可   2005/10/02(Sun) 23:04
春雨驚春清穀天。
夏滿芒夏暑相連。
秋暑露秋寒霜降。
冬雪雪冬寒又寒。
台湾の農家で口訣として伝えられる詩だそうですが、
二十四節気をすべて含んでいるとか。
春:立春
雨:雨水
驚:驚蟄(啓蟄)
春:春分
清:清明
穀:穀雨
夏:立夏
滿:小滿
芒:芒種
夏:夏至
暑相連:小暑、大暑
秋:立秋
暑:處暑
露:白露
秋:秋分
寒:寒露
霜降:霜降
冬:立冬
雪:小雪
雪:大雪
冬:冬至
寒:小寒
寒:大寒
125  二可   2005/11/22(Tue) 20:15
「臨江仙」 秦少游

十里紅樓依告。
當年多少風流。
高樓重上使人愁。
遠山將落日。
依舊上簾鉤。

一曲琵琶思往事。
青衫涙滿江州。
防鄰休問杜家秋。
寒煙沙外鳥。
殘雪渡傍舟。
126  二可   2005/12/02(Fri) 23:40
http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/readres.cgi?bo=yatazo&vi=1110108048&res=881&fi=no

長い間ほうりっぱなしにしていた出典というか拠処というか、
呉蘭雪http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/kousou.html
黄仲則http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/siwa20.htm
の作を見てゼッキョーしたと言う話が見つかりました。↓↓
話題の発端は、こちら。http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/readres.cgi?bo=yatazo&vi=1110108048&res=880&fi=no
127  二可   2005/12/03(Sat) 00:17
http://www.naturelife.org/phpBB2/viewtopic.php?t=168&sid=3b75cda55dcc2f9cbc75596747ea924c
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r51.htm

黄鶴樓  唐 崔

昔人已乘白雲去。
此地空餘黄鶴樓。
黄鶴一去不復返。
白雲千載空悠悠。
晴川歴歴漢陽樹。
芳草萋萋鸚鵡洲。
日暮ク關何處是。
煙波江上使人愁。

黄鶴樓用崔韻 清 黄景仁

昔讀司勲好題句。
十年清夢繞茲樓。
到日仙塵倶寂寂。
坐來雲我共悠悠。
西風一雁水邊郭。
落日數帆烟外洲。
欲把登臨倚長笛。
滔滔江漢不勝愁。

清の梁章鉅の『浪跡叢談』のなかに
凡作詩次前人名作之韻最難、然亦視其人之才力何如耳。在京師時、
嘗與呉蘭雪談詩、蘭雪謂、「黄仲則黄鶴樓詩必次崔韻爲膽大氣粗、
且“悠”韻如何押得妥?雖以仲則之才、吾斷其必不能佳耳。」
適架上有『兩當軒詩鈔』、余因檢示之、蘭雪讀至「坐來雲我共悠悠」、
乃拍案叫絶曰、「不料“雲”字下但添一“我”字、便壓到此韻、信乎
天才不可及矣。」
128  中川@管理人   2005/12/07(Wed) 02:17
このスレッド(というか板自体)ほっぽりっぱなしですみません。
129  中川@管理人   2005/12/27(Tue) 17:51
ニ可さんなら誰の作かはいわなくても分かるかと。

游奥多摩湖(奥多摩湖じゃないんだけど・・・)
一日客衣携友遊
素秋水面泛軽舟
前山倒影渡頭静
雲霧帯涼暮色幽
聞道没塘湖底邑
幾何懐舊野翁愁
草堂夜雨煎茶坐
点滴敲擔不暫休
130  二可   2005/12/28(Wed) 23:19
弟二可聞有葛的先生奥多摩湖詠高作即次瑤韻奉寄

多摩湖上恐龍遊。
汗盡魂消返小舟。
或説萬年猶保壽。
新聞一舉即探幽。
縱横上下影無見。
南北東西魚有愁。
世俗好奇渾似此。
周邊賣店欲休休。

では、私もたましいの絶唱!を・・・・
131  二可   2005/12/28(Wed) 23:30
>>130
周字は韻字と同じになっていますので、改めた方が
よいでしょう。可憐とか可悲とかにでもしとくか・・・・
132  中川@管理人   2005/12/29(Thu) 02:03
>>130
漢詩は作れないので・・・。

『宇治拾遺物語』第一三〇話「蔵人得業猿沢池竜事」
 これも今はむかし、奈良に蔵人得業恵印と云僧有けり。鼻大きにて赤かりければ、
「大鼻の蔵人得業といひける」を、後ざまには「事ながし」とて、「鼻蔵人」とぞ、
いひける。猶のちのちには「鼻くら」「鼻くら」と、のみいひけり。
 それが、若かりける時に、猿沢の池のはたに、「その月のその日、此池より竜の
のぼらんずるなり」と、いふ簡をたてたりけるを、ゆききの物、若き老たる、さる
べき人々「ゆかしき事かな」と、ささめきあひたり。此鼻蔵人「おかしき事かな。
我したる事を人々さはぎあひたり。おこの事哉」と、心中におかしく思へども「す
かしふせん」とて、そらしらずして過行程に、その月になりぬ。
 大かた、大和、河内、和泉、摂津国の物まで、ききつたへて、つどひあひたり。
恵印「いかにかくはあつまる。何か、あらんやうのあるにこそ。あやしき事かな」
と、思へども、さりげなくて過行ほどに、すでにその日になりぬれば、道もさりあ
へず、ひしめきあつまる。
 その時になりて、此恵印おもふやう「ただ事にもあらじ。我、したる事なれども、
やうのあるにこそ」と、思ければ「此事さもあらんずらん。行てみん」と、思て、
頭つつみてゆく。大かた、ちかうよりつくべきにもあらず。興福寺の南大門の壇の
上にのぼりたちて「今や竜の登る、今や竜の登る」と、まちたれども、なにののぼ
らんぞ、日も入ぬ。
 くらぐらになりて、さりとては、かくてあるべきならねば、帰ける道に、ひとつ
橋に目くらがわたりあひたりけるを、此恵印「あな、あぶなの目くらや」と、いひ
たりけるを、めくら、とりもあへず「あらじ、鼻くらななり」と、いひける。
 この恵印を「はなくら」と云共しらざりけれども、目くらといふにつきて、「あ
らじ、はなくらななり」と、いひたるが、「鼻くら」にいひあはせたるが、おかし
き事の一なりとか。
133  中川@管理人   2005/12/29(Thu) 02:38
>>132をもとにした芥川龍之介の作品「龍」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card134.html
134  中川@管理人   2005/12/29(Thu) 03:18
>>130
久しぶりの月城調でしょうか?
135  中川@管理人   2005/12/29(Thu) 03:22
>周邊賣店欲休休
休むのをやめたってことですか?
136  中川@管理人   2005/12/29(Thu) 03:24
よくみたらすごく凝ってますね。
137  二可   2005/12/29(Thu) 10:57
よくぞ解釈してくださいました!去去は行くことを取り払うことでしょうか。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/liqingz5.htm
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p56.htm

龍樹の曰く、去ったものは去かない、去ってないものは去かない・・・・
http://www.kosaiji.org/Buddhism/text/churon.htm
138  二可   2005/12/29(Thu) 11:16
>>135
http://hicbc.com/tv/max/contents/story/20050827/story_main.htm
もらった!

多摩湖上恠龍遊。
汗盡魂消返小舟。
或説萬年猶保壽。
新聞一舉即探幽。
縱横上下影無見。
南北東西魚有愁。
世俗好奇渾似此。
偏憐賣店欲休休。

139  二可   2005/12/29(Thu) 11:19
ありゃ飯店か酒店だったか・・・
140  二可   2005/12/29(Thu) 23:30
汗盡魂消返小舟。
は遊客魂消返小舟。に・・・
141  二可   2006/02/09(Thu) 23:26
將赴東台參觀書之至寶展、聊似網上同好諸友
能乘帶水一條流。重寶舶來東海頭。
先探虞書爲眼福。逼眞戈法定無儔。
142  二可   2006/03/04(Sat) 00:22
木蘭堂 陸龜蒙(或いは李商隱)
洞庭波浪渺無津。日日征帆送遠人。
幾度木蘭舟上望。不知元是此花身。

一時の絶唱とされ、故事もくっついている詩なのですが、
最後の句の意味がよくわかりません。どなたか、お手元
に解説書がおありの方、ご教示いただけませんでしょうか!!
143  二可   2006/03/04(Sat) 01:18
本をめくってみたのですが、手元にはようやく
木蘭花 李商隱
洞庭波冷曉侵雲。日日征帆送遠人。
幾度木蘭舟上望。不知船是此花身。

こっちの方がつながりとしてはわかりやすいかも・・・・
でもまだどうもよくわからん。
144  二可   2006/03/04(Sat) 02:00
花が水面に浮かんでるさまが待ちわびる帰舟=船に見えるということなのかな。
145  二可   2006/03/05(Sun) 00:57
単純に湖上はるかに征く帆船はこの木蘭の花が浮かんでるようだと言ってるのかな。
146  中川@管理人   2006/03/05(Sun) 22:05
花身って何ですかね。
舟が出て行く様子を、花から花びらがピレピレと水面に落ちて、どっかいっちゃう
のに喩えたということではないでしょうか。
モクレン、今満開でしょうね。
上海へいくの楽しみだな。
147  二可   2006/03/06(Mon) 01:33
http://vm.nthu.edu.tw/science/shows/t-fish/thornfish.html
なにやら花身雞魚とか、花身仔とか、

「男人花身不花心。女人花心不花身。」みたく
なにやら情愛とか、そんな関係も出てくるし・・・・
ホアシェンなんて、アイム、エギゾースティッド!??
148  二可   2006/03/06(Mon) 01:34
いなかの実家にも白木蓮があり、いつも咲くのが楽しみでした。
149  二可   2006/03/06(Mon) 01:35
最近、例のブラックマーケットで船山・張問陶(1764〜1814)の軸を落としました。3900円。
画面に見えた船山と言う文字に惹かれて入札したのですが。真偽はまあいいか。僕が始
めて買った詩集は「張船山詩草の第一集」でした。その後中華書局から安価なやつが出
ちゃいましたが、誠心堂さんで迷ったのをとっても懐かしく思い出します。嘉永版(翻刻)と
言う三冊揃い・・・・
http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/readres.cgi?bo=yatazo&vi=1110108048&res=880&fi=no
http://yatanavi.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/readres.cgi?bo=yatazo&vi=1078833151&res=510&fi=no

江戸時代大変な人気があった船山ではありますが、僕が覚えてる詩はわずかに二首です。
情けなや。ただこの有名な「酔後口占」について、あまり書かれてない記事を見かけたので
ここに書いておきます。
磯野秋渚という詩人が「偶拈」と言う書物の中で(雅声社・昭和三年)

○十二萬年無此樂
張船山の醉後口占に云ふ、
十二萬年無此樂。大呼前輩李青蓮。
とあり、此十二萬年は何の據あるかに就て考索するに、皇極經世に云ふ、
天地始終爲一元、計十二萬九千六百年、
とあるに、據れるならんか、無此樂の語も漫然下したるにあらず、東坡が
百歩洪詩のい引に云ふ、
夜著羽衣、佇立黄樓上、相視而笑、以爲李太白死、世間無此樂三百餘年矣、
とあり、之れに因りて、此二句の意義通ずるなり、

簡野道明氏の和漢名詩類選評釈では“十二萬年”を「極めて長き間、天地のあらん限り」
石川岳堂氏がNHKのテキストで紹介されていたような気もするのですが、どう注釈されて
いたかは覚えていません。

ちなみにブラックマーケット軸は絖本、七絶二首三行で、

萬分難望魯東家。偏拜南宮敬叔車。
吾道未行先志喜。載君高義到天涯。

海角遙遙久太平。郵籤安穩聽車聲。
油幢影裏擁書坐。一路闍瘠I此情。
款には
謝張雨巖太守贈太平車 船山[張問陶印(白文)][船山(朱文)]

原本、一首目はどうも一字足りなくって、おそらく抜けている“家”字を補いました。
150  二可   2006/03/09(Thu) 23:32
「船山詩草」中国古典文学基本叢書:中華書局(1986一次印刷、2000二次印刷)
を検してようやく見つけたことには、
第17巻依竹堂集の最後の一首が、
謝張雨巖森太守贈太平車 (“森”は小さく)

萬分難望魯東家。偏拜南官敬叔車。(官はおそらく宮の誤植)
吾道未行先志喜。載君高義到天涯。

太守の本名は張森という人物みたいで、同じ第17巻の別の作の題にも
出てきます。後ろの補遺巻に張東川太守というのも見えますが、関係
あるかどうかわかりません。張森もけっきょくどんな人かわかりませ
ん。工具書も無いのでお手上げ状態。

海角〜の一首は詩集には取られなかったのかもしれません。

195  二可   2006/09/05(Tue) 21:49
釣蟹 松本芳翠

丁亥十月初五、與澄心會同人、釣蟹於衣浦。此日収獲甚少矣。
東海書人偶擲毫。扁舟載酒釣沙螯。
無腸公子斂戈北。不似横行波底豪。

カニ話題のために書き込みました。

松本芳翠氏の詩集「劫餘詩存」所収、昭和二十二年の作品です。
芳翠氏、もともとは「書海」誌上に“蟹を釣る”との随想で、
当日の釣果の無さ、“海の兇賊”の連想から、横行、横柄、
漢字の左横書き、横車、横紙破り、利根川の横流、百鬼横行、等々
世相の批判までなさっておられまする。曰く、
“ギャングの少ない海よりはまづ陸上の蟹征伐こそ急務であった。”

“漢字の左横書き”、かあ・・・・
196  中川@管理人   2006/09/07(Thu) 00:06
東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
石川啄木
197  二可   2006/09/14(Thu) 10:43
http://210.240.193.70/xency/Content.asp?ID=67911&Query=6
http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/syoukan/kankou/chinese/17.htm

http://yinghuaxia.jahee.com/v3/literature/s4.htm
ここは五言四句の詩になってる、(入声で押韻してますけど)
東海小島畔。汀洲臥白沙。
泣湧感傷涙。輙同蟹戯狎。
198  中川@管理人   2006/09/14(Thu) 16:10
これ、なかなかいいですね。
ダメ?

>入声で押韻してますけど
入声で押韻だと何か問題があるんですか?
199  二可   2006/11/25(Sat) 11:57
悼家祖母
悲報今宵一電來。恰如惡夢有難回。
多年不省堪殘悔。遠望西方涙自催。

常恐此時終到時。可無懷思幾回追。
愚吾悔殺天涯去。亂髪塵顔作哭詩。

憶昔雙親出外多。機前懇教誤空過。
郤知別有春暉在。慈愛深情似薩陀。

讀經聲罷燒香壇。手手獻花情更酸。
苑外紅楓亦如泣。愁風愁雨送新棺。

無語人多葬送門。雲低闇澹欲黄昏。
衆中凝立抱遺照。即是當時第一孫。

四十年來眷顧聲。如今何以答眞情。
願依供養弥陀徳。淨土蓮中早再生。

祖母が亡くなり、久しぶりに帰郷していました。夏頃からもうそろそろだと
聞いており、諸孫各々顔見せに帰っていたのですが、僕だけ帰らず仕舞い・・・
両親共働き、自分が一番可愛がった初孫が帰らなかったのですから、不孝き
わまるばかり。気の毒なことをしました。ただすでに92歳、午後休んだま
ま逝ったそうで回りの人々は大往生とおっしゃってくださいました。

従兄弟が自分の写真をいっしょに入れてもらうと言うので、僕は新幹線など
で捻り出したのを数首、祭場の職員の方に紙を請うて書き出しました。
報に接してより通夜の場まで特に感情が高ぶることはなかったのですが、
なぜかペンで写し始めた途端涙が止まらなくなり書くのがたいへん辛かった。

ところが、父親が「進行の人に説明して読んでもらえ」などといい始め、
これには参りました。とりあえず係の方が近づき内容を説明したのですが、
涙も出るし「父はああ申しますが棺にいれて戴くだけで結構です」と、
なんとか断わったことでした。

三番目と四番目は後で作ったものです。臆面もなく書き込みましたが、
もし用語整わぬものがあるも、家大妣免じてお許しくださりますよう。
200  中川@管理人   2006/11/26(Sun) 01:04
ご愁傷様です。

>自分が一番可愛がった初孫が帰らなかったのですから、不孝き
>わまるばかり。

僕は祖父と十年以上一緒に暮らしましたが、亡くなった時は「あれだけ一緒にいながら
もっとなんかできることがあったんじゃないか」と悔やむばかりでした。
一緒にいようが、いまいが、どっちにしろ結局不孝を感じるんだと思います。

>なぜかペンで写し始めた途端涙が止まらなくなり書くのがたいへん辛かった。

そうなんですよね。なんかの拍子に突然実感が沸いてくる。
しかし、表現できる手段があるってのはいいですね。
葬式ってのは忙しくて、そのときだけでも悲しみを忘れさせるためにあるんだなと
思いました。
207  二可   2007/10/11(Thu) 01:03
あっというまに秋の声、で、一周忌法要をやるから帰ってコイ、と、
おっとろしい父親の電話。なんで連休なんかにやるのよ?と思いました
がまあ、世間じゃあたりまえか。服務業をわざわざ選んだんだからしゃ
あないですね。と、めっさ不孝なことを一年たてば、ほざくようになるの
ですね・・・・

とにかくは、夜行バスで帰ってきました。延々11〜12時間の八重洲南口〜
広島新幹線口。SAでの休憩は二回ほしかったなあ。さすがに最後は飽きち
まった。

祖母一年忌歸省車上即詠
淨土西方何處天。猶聞眷語自雲邊。
懈心無改竟無奈。恰値秋風過一年。

千里郷程落日催。急行車上夢飛回。
休將多事強分辯。悔殺生平不早來。

到廣島驛
廣島站頭朝下車。忽驚觸目異郷如。
山河容改況人事。二十年間一夢餘。
208  中川@管理人   2007/10/13(Sat) 14:42
いや、何が驚いたって、前の書き込みからもう一年も経っているのかってこと。
夜行バスは昔のイメージがあって、全然乗っていないんですが、ずいぶん楽になった
みたいですね。
209  二可   2008/01/01(Tue) 03:01
丁亥徐夜作

自我到來山谷中。已過四歳歳將終。
而今識盡極寒苦。出口毎含陰欝風。

世上一年彈指過。業中一刻却難磨。
凄凄凛凛歳云暮。喜喜歡歡客最多。

想像閑中送舊年。出看初日映東天。
夜深忽覺猶勤務。旅館寒燈獨不眠。

業罷歸來雪裏家。青光机上影横斜。
先看網友懇親語。些祝迎春天一涯。

纔歸寒舎在山隈。乾雪風聲撲牖來。
難識此時年已到。細燈披秩拂塵埃。

把艸欲刪非所堪。從來未設祭詩龕。
形容枯槁神憔悴。倚几深宵獨自慙。

霜鬢明朝又一年。騷人多有自難眠。
凄凄掩鏡如何事。看得蓬頭露頂天。

立盡市橋看大星。傚顰詩客説零丁。
當時作意應慙悔。未識憂愁眞實形。
(余舊作除夕詩、有悄到市橋思往事、還看天上一明星、句。
窃黄仲則名詩、故及)

暗澹詩情奈汝何。諸般無事一年過。
再將慶賀新正意。祈願隨時萬物和。

ずらずらろくでもないのカキコしました、おそらく風邪でどうも
調子悪く、すべてがどよ〜ん・・・雪は降り続いていますが、これでも
今年は少ないっす。
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